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BLOGセラピストブログ

2017/12/03

罪と罰のシステムについて

ネガティブ統合専門カウンセラー柚っ子です

ユング派の流れの人とか、この世のどこかで「良心」を学問として研究している方はいると思いますが、

わたしも自分なりに考えていることを書いてみたいと思います。

罰とかバチって何でしょうか

児玉清が出ていたころのコードブルーの中で、こんな感じのセリフがありました

間違いを犯した者に必要なのは罰ではなく再教育だ

この「再教育」とは外側から与える類のものですが、我々には内側にも教育システムがあります。

 

宇宙の法則から外れると、体から信号が出ます

何か間違ってるよと

例えば化学物質、これを体に取り込むことは、宇宙の法則に沿っているとは到底言えませんので

体は病気という形で信号を出します

ネガティブ感情を悪いものとして押し込めることも宇宙の法則に沿わないので

体が病気という信号を出します

自分に対する悪い自己イメージを持ち続けることも宇宙の法則にそぐわないので

体が病気という信号を出します

罰ではなく、ありがたい信号です。メッセージとして受け取って改善すればいいのです

2017/ 8/22 12:50

病気までいかなくても、微妙な日常の不快

例えば、わかると思ったのに道を間違えてしまう、電車が遅れて待たされた、わざわざ食べに行ったレストランが改装中だった、、など

日常のうまくいかない感じ、不運、本能が鈍ってる、勘が働かない感じ、はほぼ

余計なものを食べた次の日に起きます…(私の場合w)

 

いつも通りの自分の体が喜ぶ、丸ごと小魚介類程度の玄米食

そのような、いつもの食事の時は「うまくいく」「共時性が起きる」など、

波に乗れている感覚に包まれて暮らせます。大げさに言えば宇宙と一体感

これが私にとって玄米食の最大の魅力です

わたし的にはマクロビは健康のためもありますが、この、外界を整える運命好転というほうが大きな意味を占めます

カルマが清算されていればいるほど、食の因果関係が浮き彫りになって感じやすいと思います。

 

家族の食事につられて、残っていてもったいないからと、舌の快楽だけで自分にとって不要な食材を食べるた翌日は、先ほどのようなずれ感を感じます

でもこの反応・信号があるからこそ、自分の体にとって何を食べるのが適切か

だんだんわかってきて、あまり大きな失敗をしなくなります

ずれ感ちゃんありがとうです

2017/ 8/20 12:22

マクロビ続けていると、食べ物の波動に敏感になり、そういう感性が出てきます

もちろん何十回といっていますが、合う食材は人それぞれ。自分に合ったマクロビを見つけるのが大事です

そしてそれは常に同じではなく変化していきます

すべての不快は、自分の内側と呼応します

人間関係でぶつかるのも、

さっきのような、食べ物の誤りだったり、

癒すべきインナーチャイルドがいるよというサインだったり

誰かに被害を受けたように感じるときでも、必ず内側に呼応する部分があります

 

私は食べ物の波長に敏感で、外側の反応に出ます。嗅覚で感じることも多いです

感覚ですから、ある意味内側ですが、外側を巻き込んだ内側とでも言いましょうか

普段食べない大きな魚を食べた翌日は、電車で隣に座った人の体臭がひどかったり

大量の白砂糖の翌日は歯周病の人のにおいに悩まされたり、外は内側の反映ですから、

偶然はないという考えのもと、不快を分析すると、関係性が見えてきます

自分の中にないものを外側に感じることはできません

肉はいやなことが起こりやすいので自然とだんだん食べなくなりました。

もちろん普通に体に反応が出る人もいますし、反応の出方は人それぞれです。

2017/ 8/20 12:22

不快感、不快な感情というのはありがたいお知らせです

それを頼りに自分の中を点検できますから

そうして不快はどんどん減らしていかれるのです

 

これって固定観念(思い込み)で引き寄せているんじゃないの、例えば自分は被害者だ、という思い込みを持っている人は、いじめられる、そういう現実ばかり引き寄せてしまうという、いわゆる証拠集めじゃないの?

という疑問持たれる方もいると思いますが、思い込みが現実を引き寄せるシステムと、私が感じている食材の反応って、確かに限りなく似ている気がします。

 

でも、どっちにしろ、信号としての「ばち」というのは、神様があてるのではなく、自分があてています。あくまで自分の中のシステムです(固定観念も良心も)

2017/ 8/22 13:38

例えば殺人をしても、何の咎めもない人、良心のない人は、一生捕まらずに逃げ遂せるかもしれません。そういう場合、次の人生に課題持越しですね。でも、良心がある人は捕まることを無意識に望むのでいつかは捕まります。

ちょっと変な例になってしまいましたが、罪と罰のシステムは自分の中でのシステムです。

成長に応じて罰は大きくなるようでいて、実は高次の自由へと向かいます

 

人間は自分で罪と思うときに、自分に罰を与える生き物で、この自分の中の罪と罰のシステムには正当なものと手放していいものがあると思います。スピリチュアルな本を読むと、罪悪感を手放すというフレーズをよく見かけますが、地球人は不必要な罪悪感を持ちすぎているといわれます。

 

例えば、自分の運転で友が死んだのに私だけ幸せになってはいけない、とか、子供が死んだのは私のせいだと自分を責め続けるママなど、持たなくていい罪悪感がとても多いです。宇宙の真理を知らないことから生じるこの手の不要な罪悪感はどんどん手放すべきですが、成長のための自分の中での罪罰システムは利用したほうがいいと思います。

この正当な罪罰システムですが、例えば人を殺したときに罪悪感が発動するのは正当な情動といえます。また、家畜動物も人間と同じく殺されれば悲しいんだということを知って、動物を殺すことに罪悪感を持つようになると、肉を食べると太るとか、自分の中の罪罰システムが機能しだします。

2017/ 8/22 12:51

「良心」は、自分で作り上げるものですが、先祖からも受け継がれるといいますから、例えば禅寺の息子に生まれた人が、なぜか肉を食べると太るということが起きる可能性もあります。自分が意識していなくても、無意識の領域で両親や先祖の意識を受け継いでいますから、一般的に「体質」として片付けられてしまいそうなことも、実はこのような意識の遺伝もあるはずです。

 

このような罪と罰は個人的な内的システムですから、感情を持つ動物を殺すことを罪と感じていなくて、先祖からの良心にも入っていなければ、肉を食べても何でもないと思います。

つまり良心が良心的であればあるほど、人として倫理的に成長すればするほど、病気にはなりやすいです。体が、違うよ、と反応を出しますから。罰というより注意信号です。

バカは風邪ひかないというのも、こういう理由からきてるのかな、関係ないかな

 

何を食べても太らない、病気にならなかった人も、いろいろ真理を知ることで太ったり病気になるかもしれません。肥満も病気も成長のための信号です。学んで改善すれば症状は消えます。

ちなみに肥満の原因は以上のような良心と食事の関係もさることながら、心理面(自己イメージや思い込み)の影響も大きいと思います。

良心というのは、なにも罪悪感だけでなく、自分が真理と思うこと全般で形成されています。

より良く生きるための知恵みたいな部分です。

良心なんてないほうが自由に生きられそうですが、一見不自由に自分を縛るような良心は、実は高次の自由へと導いてくれます。このことはベジタリアンになって心と体の解放感を実感した人なら納得だと思います。イエスも釈迦も、殺すなかれと大昔に、自由のためのヒントを与えてくれています。

 

固定観念(べきちゃん)と良心は似てる。どう違うか?外していくべきは固定観念、育てるべきは良心?外したほうが幸せ・自由になれるのが固定観念、持ってたほうが幸せ・自由になれるのが良心?

持ってっても自分らしく生きられないから外したほうがいいのが固定観念(思い込み)、持ってたほうが霊的成長に役立ち、より自分らしく生きられるようになるのが良心といえるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

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